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2003/03/14  いらいら虫


最近のわたしの生活で多くを占めているのは、知的障害者施設の指導員という仕事である。こんなことはまったく、本望ではないけれど。
今は、家に帰ってもやることがいっぱいある。
忙しい。


明日は東京からさきちゃんが、見附からまどかちゃんがくる。
今週は、大好きな女の子たちに会うのを目標にになんとか耐えぬいてきた。
さっきまで、明日着ていく洋服を考えたり、部屋を片づけたりしていた。


ジューテーム ジュテーム かーなわないゆーめなーんて みーたくないの


口ずさむ甘いうたとは裏腹に、わたしの心の中はとてもけわしい。
今日じゅうに、持ちかえった仕事のはんぶんを終わらせたいなんて、無謀なことを考えているからだ。ぎりぎりにならないとやらない性格なので、いつもこうなのだ。
忙しい。






2003/03/11  blue


歯医者へ行った帰りに、blueを観た。
平日なのに整理券を配っているウィンドなんて、はじめてだ。
映画はとてもすてきだった。繊細で、透明な空気が、スクリーンのなかに流れていた。
カヤコが遠藤の部屋で見たセザンヌ、捨てられたおみやげ、八百屋で見つけたぶどう。
夢を見つけていくその課程に、たとえようのない愛おしさを感じた。
ふるまちモール、北の家族、小針浜、402号線、赤い屋根のバス、西口連絡路、万代橋。
カヤコと遠藤の思い出の場所には、わたしの思い出もひそかに眠っている。
パンフレットを買ってきたので、これからじっくりと読もうと思う。





2003/03/10  ハーフムーン


昨日は3ヶ月ぶりに、BEANSへ行った。
いつものように、ゴールデンレトリバーのココアがいちばん最初に迎えてくれる。
大学生のころからずっとわたしの髪を切ってくれている五十嵐さんは、わたしの憧れのお姉さんだ。
すごくかわいくてすごくおしゃれなのに、明るくてさっぱりした、とてもすてきな人なのだ。
チューリップチェアに座って、手際よく切られていく自分の髪を鏡越しに見つめていたら、すこしだけ、晴れやかな気持ちになる。
家へ帰ってから、母とスタバのコーヒーを豆から挽いて飲んだ。
わたしはやっぱり、うちが好きだ。
実家から通える仕事を探したのも、このうちに帰ってきたかったからだ。
わたしはあと何年、このうちで暮らすのだろう。
そんなことをふと思って、ものすごく不安になった。


*


そして、いつもの朝はやってくる。
発泡スチロールをばらばらに壊したような雪がうすく積もっていた。
中学校の卒業式もちょうどこのころで、式の終わりとともに吹雪がやってきたのを思い出した。
今日はすこし残業をしてきたので、家に着くころにはもう真っ暗だった。
空を見上げると、雪雲の切れ間から、月と星が、弱い光を放っている。
雪が降った日の空気は、すりガラスのようにふんわりとつめたい。





2003/03/08  いまだふゆのなかにいる



3月ももう1週間をすぎている。
だけどそんな実感がまったく湧いてこないのは、まだ寒くてコートが手放せないからだろうか。
だけどわたしの心のなかは確実に忙しくなっていて、仕事はいつもどおりの時間に終わるのに、やらなければいけないことにばかり追われて、やりたいことはほとんどできていない状態にある。


昨日は夜勤だった。
帰ってきてすぐに、お鍋でミルクティーをいれた。
母のぶんと、わたしのぶん。
粉をふくほどがさがさになった両手で、じんわりとあたたかいアフタヌーンティのカップをつつみこむ。(そのあと、ユースキンを必死ですりこんだことは言うまでもない)
それからずっと今日は、こたつのなかにいた。
途中、本屋へ出かけたりもしたけれど、そのあたたかでちいさな空間のなかで、
ファッション雑誌をぱらぱらとめくって、
メメントを観て、
訪ねてきた叔母や家族と話をして、
コーヒーを飲んで、
耳に残るは君の歌声を観た。
夜はあっという間におとずれた。
わたしは今日みたいなおだやかな日が、ずっと続けばいいのにと思った。
実際そうなったとしたらきっと、退屈さに耐えられなくなってしまうのだろうけれど。






2003/03/04  春一番



春一番がつれてきたのは、吹雪と、それにともなうちょっとした悲劇だった(それは、のちのち)。
昨日、しげちゃんに染めてもらった髪の毛は、サーモンピンクのかかった茶色で、わたしはけっこう気に入っている。しげちゃんはとても上手にしてくれるので、教育実習、それから就職活動をはじめるときも、彼女に髪を染めてもらった。あのときはほんと、墨かぶったみたいだったよね、とわたしたちは昔を懐かしみ、笑った。


*


かりこちゃんとは、12時にラフォーレのアトリウムで待ち合わせた。
foodelicでお昼を食べてから、万代へ行った。
mixで、かりこちゃんはバンビのタオルハンカチを、わたしはサンダーバニーのはみがきコップを買った。
それからかりこちゃんはディズニーストアや無印で買い物をしたり、わたしはアクアガールでワンピース―春にある友達の結婚式に着る洋服を探しているのだ―を試着したりした。
「春になったらピクニックに行こう」
「うちにあるジンジャーブレッドで、カフェごっこをしよう」
目を輝かせる彼女を、わたしはとてもかわいいと思った。
春になったらやりたいと思うことがたくさんある。
しつこいようだけれど、わたしは極めて真剣に、春に思いを馳せているのだ。
春がくればきっと、楽しいことが待っている。
春がくればきっと、今より幸せになれる。
そんな憶測は単なる気休めでしかないと言われようとも、そうあってほしいと願うことは、わたしの自由ではないか。





2003/03/02  かわいた道路・うつりゆく空


 
障子をしめきった窓から、あかるい光が差し込む。
お昼前に、わたしは一大決心をしてドラッグストアへ出かけた。
(とても面倒くさがりなので、たとえ近所でも、着替えて出かけることにはそれなりの決意が必要なのだ)
風は予想以上に強くて、何度も飛ばされそうになるマフラーを、右手でおさえながら歩く。
寒さに閉ざされているあいだは毎年、もう春なんてこないんじゃないかと本気で思ってしまう。だからこうしてちゃんと、ふたたび春めいた光を目にしたとき、わたしは大きな安堵感でいっぱいになる。
でも、春がきたときの嬉しい気持ちはいつも、それよりはるかに大きな不安と紙一重だったりもする。
もっとゆっくり時間がすぎてくれればいいのに。
時間の流れが早すぎて、自分がついていけていないということを、わたしは確信しているのだ。






2003/03/01  瓦礫の底



彼に会うのは、ちょうど1ヶ月ぶりだ。
昨日買いそびれたTOPSのチョコレートケーキを買いに、伊勢丹へ行く。
お昼ごはんは、もうすぐ閉店してしまうらしいapopで。
古町では、天童木工の家具を眺めた。
それからまた、ユナイテッドへ行く。
今日は、「戦場のピアニスト」。
銃声の鋭い音、それとは対照的に、
荒れ果てたワルシャワに響きわたる、魂のこもったショパンの音色が美しかった。
かろやかな指の動きに見とれて、わたしは劇場が明るくなるまで席を立たないでいた。
だけどやっぱり、わたしは戦争映画を好きになれない。
見ているだけで、つらくて、苦しくて、息が詰まりそうになる。
戦争なんて、この世からなくなってしまえばいいのに、と思う。


*


昨日とおとといのぶんの日記を、upしてあります。