2003/03-b



2003/03/29  ミルクティ




昨日はひさしぶりに、家に帰ってからも仕事をせずに、サッカーを見て、ミュージックステーションを見た。
そしてひさしぶりに、ゆぶねにとっぷりとつかってから、マニキュアを塗りなおした。
ベッドの背板にまくらをたてかけてひさしぶりに本を読んでいたら、いつのまにか眠ってしまっていた。


朝は8時半ころに起きた。
お茶会に行くという母は、ばたばたと準備をしていた。
今日は、やこさんという2つ年上のお友達と、久しぶりに会う。
何を着て行こうか、わたしはまた迷っている。





2003/03/28   ステップ




2年目が、終わろうとしている。
昨日、来年度の利用者や行事の担当が発表され、
今日は利用者のほとんどが保護者のもとへ帰省した。
日曜日に、残留者の宿直当番に当たっていて、31日は朝に退勤するので、
事実上、今年度はもう終わりということになる。
わたしは3年目を向かえ、
今いる棟ではいちばんの古株になってしまったし、
作業班ではチーフになることになったし、
発表会のチーフも務めることになった。
臨時職員以外に後輩がいないこともあって、
新人気分がまだ抜けないのは事実。
だけどもう、甘えは許されないのだ。
不安はいっぱいある。
だけどわたしはいつの日も、しゃんと立っていなければならない。


利用者のいない施設は、とてもひっそりとしていた。
廊下にたち、深呼吸をする。
わたしになにができるだろう。
こんなわたしに、なにができるだろう。
「あなたも3年目だし、自信持っていかなきゃ」
上司の言葉が、きいんと胸にひびく。





2003/03/26  息継ぎ




あとすこしで今年度が終わってしまうなんて、信じられないでいる。
あいかわらず、年度末のたくさんの仕事に埋もれていて、こうやって日記を書くことすらできないでいた(旅行は行ったけれど)。帰ってきてからずっと、Wordとにらめっこをしていた日もあれば、9時半には寝てしまった日もあった。


今日は夜勤明けで、ほんとうはうちでゆっくりとしていたかったのだけど、歯医者に行かなければならなかったので、12時半ころ家を出た。
外はもうすっかり春のにおいがたちこめていて、カットソーの上にジャケットを着ても寒くなく、わたしはうきうきと、鼻歌を歌いながらヴィツ子のハンドルを握った。


歯医者のあとは、病院からほど近いmarilouというカフェに行った。オリーブ色のソファの席―このカフェでわたしがいちばん好きな席だ―に身をしずめながら、あたたかいチャイをいただいた。東中通という大きな通りに面しているにもかかわらず、お店はとてもしずかであたたかくて、わたしはうとうとと眠ってしまいそうになった。
そうしているうちにふと、海が見たくなって、わたしはヴィツ子を海のほうへと走らせた。病院の駐車場から海が見えるまでは、ほんの3分。護国神社のある坂道の頂上へとついた瞬間に水平線が見えてくる、その映像がわたしは大好きなのだ。
ヴィツ子を止め、防波堤に腰掛ける。海はとてもおだやかで、透明な群青色をしている。
止まぬ波の音と、おだやかな潮風につつまれていると、とても落ちついた気持ちになっていることに気づき、自分でも驚いてしまった。


息継ぎ完了。とりあえずは、あと一息。





2003/03/23  追憶




金曜日はほんとうに、夢のような、という表現がぴったりないちにちだった。
午後2時の盛岡駅前。
噴水のわきから歩いてきた、ピンク色のマフラーを巻いた女の子を見て、すぐにゆかちゃんだとわかった。
ゆかちゃんが案内してくれた盛岡という街はとても味わいぶかく、わたしはすぐにその街が大好きになった。
バスのなかのかわいらしいお年寄たち、
クラシカルなたてものや街並み、
ゆっくりと流れる川、
そして、「しゅん」のあたたかい紅茶と、おだやかに流れる時間。
つんとしたつめたい空気とは対照的に、とてもあたたかな雰囲気のある街だと思った。


ゆかちゃんは、盛岡でいちばん大好きだという、hinaという雑貨屋さんにもつれていってくれた。
そのちいさなお店には、かわいいものがぎゅうっと詰まっていて、たからものばこみたいだった。わたしはたくさんたくさん迷ったすえ、うさぎさんのついたブックカバーと、ティッシュケース、ポストカードとレターセットを買った。


ゆかちゃんとは、ほんとうにいろんな話をした。
盛岡のことや、新潟のこと。
今までのこと、これからのこと。
時間は、あっというまに過ぎてしまった。
お別れを言わなければいけない時間が近づくにつれて、わたしはさみしくて泣きたくなった。
また会おうね、と約束して、わたしたちはさよならをした。
歩きだし、わたしのほうを振りかえってくれたゆかちゃんを、わたしはとても大好きだと思った。


それからもずっと、わたしはゆかちゃんのことを思っていた。
ゆかちゃんのふんわりとした長い髪や、とてもやわらかい笑顔、やさしい声。
はじめて会ったのに、まるでずっとずっと昔から知っている友達のようだった。
ゆかちゃんがくれたことりさんや、
スタバのカードに書かれたゆかちゃんの字を見るたびに、すぐにでもまた、会いたくなる。
かならず、また会える。
そう、信じている。





2003/03/18  はぐるま





空っぽな平日が、またはじまった。
だけど、空虚なのは心のなかだけで、実際はやっぱり、ものすごく忙しい。
内示が出される日が近づいてみんなそわそわしているけれど、
わたしは目の前に迫った提出期限と、嘱託医との面談のことで頭がいっぱいだ。
お金を稼ぐためだけにしている仕事に、支配されているという現実。
自分の時間は、ぐったりしているか、仕事をしているかどちらかだ。
今週よ、早く終われ。





2003/03/16  つかのまの深呼吸






週末の話をさせてください。
金曜日の夜、わたしはちっとも進まない部屋の片付けをしていて、あまり寝られなかった。土曜日、起きたのは9時。さきちゃんを乗せた新幹線は12時半に着く予定で、余裕だったはずなのに、わたしは着ていく服をなかなか決めることができず、結局ぎりぎりになってしまった。(ちなみに、ツモリのうにくんカットソーの上に、ラベンダー色のゆったりとしたカットソーを重ね着した)
南口のタクシー乗り場で、千葉からきたさきちゃんと、見附からきたまどかちゃんと落ち合った。偶然にも3人とも、黒のPジャケットを着ていて、わたしたちはくすくすと笑った。


駅南にある武蔵という店でラーメンを食べたあと、ビッグスワンを囲むスポーツ公園でおしゃべりをした。2時間も外にいても寒くならない陽気はきっと、さきちゃんがつれてきてくれたんだと思った。万代へ行き、ツモリやZUCCaを物色したり、フレネスでお茶を飲んだりした。
夜はあっという間にやってきて、わたしの地元に帰り、B-SCHOOLへ行った。ここはB'Sインターナショナルのアウトレットの店で、ふたりともミルクフェドのスウェットとTシャツを1枚ずつ購入していた。わたしは、おなじくミルクフェドのスウェットを¥1000で買った。
夕ごはんは、鳥はし。大好きなつくねは、2回もたのんだ。おしゃべりは、つきることがなかった。
通知表をつけるのが終わらないからいったん帰る、というまどかちゃんとばいばいして、わたしの部屋でさきちゃんと飲みなおした。夜中の1時にしげちゃんがきて、わたしたちは3時までしゃべりつづけた。


16日の朝は、8時半ころに起き、10時にしげちゃんの車で家を出た。
ふたたび万代へ行き、さきちゃんは気になっていたツモリ×パトリックのスニーカーを買った。それからまどかちゃんが合流して、4人でカプリへ行った。
わたしたちはすごくたくさん食べた。トマトとにんにくのスパゲティー、ピザ、ライスコロッケ、温野菜。
そこでもわたしたちは、たくさんたくさん話をした。時間は、あっという間にすぎてしまった。
しげちゃんは遅番の仕事にいくために車で帰った。さきちゃんは新幹線に乗り、わたしは電車で、まどかちゃんもわたしとは反対方向の電車で帰った。こうしてまた、みんな放射線のようにそれぞれの場所へもどっていく。そんなことを思って、わたしはとてつもなくさみしくなった。
だけどまた、きっとすぐに会える。
住んでいる家のように決まった場所ではないけれど、わたしたちが共有できる場所は、いたるところに存在しているのだ。
きっと、これからも。
きっと、ずっと。