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2002/12/31  大晦日に思ふ



今日で、2002年が終わる。あっという間だとも、とても長かったとも思える。
今年1年をふりかえってみると、楽しいことももちろんたくさんあったけれど、「つらかった」という言葉がいちばん最初に出てきてしまう。
だけど、そんな日々でも、わずかかもしれないけれど着実に前に進んでいるんだと、信じたい。
そう、どんなにぶあつい雲が青空を覆いかくしていたとしても、そのうえにはちゃんと、太陽がかわらず光を放っていることを、わたしは知っている。


TRASHでは今年も、たくさんの人と出会えて、ほんとうによかったと思っている。
みなさんからのかきこみやメールで、わたしはどんなに救われたことか。
あたたかい心を持ったみなさんに、感謝せずにはいられません。
ほんとうに、ほんとうにありがとう。
それではみなさん、よいお年を。





2002/12/30  親友



みえ、みっこ、ひろことは、高校3年のクラスでいっしょだった(みっことみえは2年からいっしょで、みえとは1年のころから友達だったけれど、4人が親しくなったのは、3年からだ)。
卒業後もわたしたち4人は、細いけれどとてもつよい絆でつながっている。わたしたちは、密に連絡をとるわけでもないし、しょっちゅう会っているわけでもない。だから、いつも会うときの第一声は決まって「ひさしぶり!」なのである。だけども、すこしも「ひさしぶり」な感じがしないのだ。つい昨日、いっしょにいたような気がしてしまうのだ。
4人が一堂に集まるのは、実に4,5年ぶりだ。いつも、だれかが欠けていた。どうしても、予定が合わなかったのだ。だけど、そんなことを微塵も感じさせることなく、わたしたちは「いつも通りに」いろんなことを話した。仕事や、恋愛、将来のこと。


無二の親友たちと話していると、とても楽しいし、いい刺激になる。わたしたちは皆、変わらない。7年前、グラウンドの桜の木の下でお弁当を広げていたころと、きっと変わらない。だけどわたしたちは着実に、それぞれの道を歩んでいて、なんだか自分だけが取り残されているような気がして、ものすごく寂しくなってしまう、そんな一瞬がわたしにはある。もしかしたらわたしはずっと、心のどこかで彼女たちにひけめを感じているのかもしれない。でもそんな感情は、今すぐにでも捨て去ってしまいたいと思う。


今日は3人と会えて、ほんとうに楽しかった。帰ってすぐ、ほとんど同時にメールをくれた3人を、わたしはとてもいとしいと思うし、これからもずっと、たいせつにしたい。






2002/12/29(ほんとうはもう30日)  4連ちゃん・3日目



燕の友達の家では、10時間も寝てしまった。2ヶ月ぶりに会ったというのに、なんという不覚だ。帰省する友達を燕三条駅まで送り届けてから家へ帰った。両親が大掃除をしていたが、予定があったので、手伝うこともなく(親不孝ものだ)ふたたび家を出た。


予定とは、ひろくんに会うことだ。ひろくんとはわたしの母方のいとこで、年は2つ上だ。高校と大学はいっしょのところに通っていて、卒業後2年ほどフリーターをしたのち、今は東京で、就職活動をしたことのある人なら知らない人はいない、とても有名な会社で働いている。7時に新潟駅で待ち合わせ、joyceでお酒を飲み、終電までいろいろな話をした。


飲んだあとのかえりみちは、いつも寂しい。家までは、歩いて10分ほどだ。道路にはうっすらと雪が積もっていて、それはまるで白くてやわらかいじゅうたんのようだった。轍もまだついていない真っ白な道路の真ん中を、わたしはていねいに足跡をつけながら歩いた。途中で何度も、自分の足跡を確認するために後ろを振り返った。かえりみちはいつも寂しくて、ほんとうはだれかに会いたいと、いつも思ってしまう。だれか、とは、不特定ではないことも、認めたくないけれど事実であったりもする。





2002/12/28  すずらんの街灯


昨日は忘年会だった。去年のこの日も、雪が降ったのを覚えている。テールランプが映るほどつるつるに凍った290号線を、月岡温泉―拉致被害者が泊まったのもこの温泉だ―へ向かってのろのろと進む。わたしはいつになく真剣に、ヴィツ子のハンドルを握った。
職場の忘年会は、だれのとなりの席になるかということがかなり重要だ。幸い昨日は、まわりの席がみんな大好きな人たちばかりだったので、一次会も楽しかった。わたしはとてもたくさん飲んだ。飲んでもまったく顔に出ないから、じゃんじゃん飲まされるのだ。ビールでおなかいっぱいになって、せっかくのおいしいおいしい料理をはんぶんくらい隣の席の男の子にあげてしまったほどだ。わたしは終始素面ではあったけれど、いつもよりたくさん喋ったし、たくさん笑った。
結局、3時半まで飲んで、すこしだけ眠ってからお風呂に入った。月岡温泉のお湯はとても好きだ。硫黄のにおいと、とろんとしたお湯。
朝ごはんを食べて、NHKの連ドラを見てから、皆には「よいお年を」、と挨拶をし、自分には「おつかれさま」、と心のなかで言って、わたしは早めに家に帰った。次に職場の人に会うのは、1週間後だ。


今日は、昨日とはうってかわってとてもいい天気だ。これから、燕に住む友達に会いに行く。





2002/12/26  そして、走り抜ける



師走の名にふさわしい、とても忙しい1日だった。
強い冬の風がごうごうとつめたい音をたてるのを、今、あたたかい部屋の中で聞いている。


今日、あの子はクリスマスツリーのかたづけをしていた。
廊下ですれ違う瞬間に、わたしの声は声にならずに、とてつもなくかたい空気だけがちいさな隙間をすっと流れる。歩幅の広いあの子の足音は、すぐに遠くなった。わたしはあの子に背を向けて歩きながら、聴覚に全神経を集中させている自分にはっとして、同時にとても戸惑う。
今日は、細かな雪が降っていた。時折、気まぐれに青空が顔を見せ、わたしは階段の踊り場でそれが放つ鈍い光に目を眩ませる。


明日で、今年1年の仕事が終わる。





2002/12/25  さあ、ネバーランドへ


右から2番目の星へ、どうかわたしを連れていって。
信じる気持ちと、ティンカーベルの粉があれば、きっとわたしは空を飛べるし、海賊たちとも勇敢に戦える。宝探しのゲームだって、わたし、いちばん最初に見つけてみせるよ。大人になんて、永遠にならなくていいの。


―それとももう、間に合わないかしら?


夕方6時に雨が雪へと変わった今日、ピーターパンを観たよ。






2002/12/24  クリスマス・イヴ


街全体が、なんだか浮き足立っているように見えた。どこへ行っても、聞き覚えのある曲が流れる。しあわせそうに手をつなぐ恋人たち。アクセサリーを売る店は、いつもよりもかなり混みあっている。ケーキの箱をかかえた主婦がたくさんいる。宅配ピザのバイクを運転する男の子も、今日はサンタの格好だ。わたしはそんな街のなかを、スパークリングワインの入った伊勢丹の袋を片手に、さっそうと歩く。途中、このあいだちゃんと味わうことができなかったトフィーナッツ・ラテをふたたび飲む。無脂肪で。


わたしが今まで生きてきたなかでイヴに家にいなかったのは、ひとり暮らしをしていた大学時代の4年間だけだ。今では母がサンタやツリーの飾りのついたクリスマス・ケーキを作ることもなくなったし、おもちゃやさんであることが見え見えのサンタクロースが家のチャイムを鳴らすこともなくなったけれど、やっぱりイヴは家族とすごしたい、と思う。世間の人たちが、クリスマスは恋人とディナーを食べ、プレゼントを交換するものだと考えるように、わたしは、クリスマスは家族とすごすもの、と考えるのだ。今日は、親子3人でいつもよりすこしだけ豪華な食卓を囲み、まだ冷え切ってはいない、スパークリングワインを飲んだ。「もう1年が終わるな。またひとつ年を取る」悲しそうに言う父の言葉には、気づかないふりをした。


リンクを1件、追加しました。mama*ちゃんの、Heaven’s Cafeです。よろしくね。





2002/12/22  メルト・ウィズ・ザ・ライト



仙台に行ってきた。イルミネーションを見に。つめたい空気に身を縮めながら、定禅寺通りにできたひかりのアーチをくぐっていく。浪費された電気の熱と、たくさんの人の吐く白い息が、東北の100万都市の気温を少しだけ上げる。新潟のけやき通りなんか非にならない、美しさ。1時間おきに、すこしのあいだだけすべての明かりが消え、そしてまた点くたびに、わぁっと歓声があがる。


家につくとすぐに、凍てついた体をあたたかい湯船のなかで溶かした。
明日のことを考えると、とてもゆううつな気分になるので、やめておこう。あと、3ヶ月の辛抱だ。


クリスマスカードをつくってみました。トップのツリーからいけます。





2002/12/20  ジャスティス



わたしは今日、新潟市にいた。お金をおろそうと、スーパーのなかにある、ATMに並んでいた。前の人が終わったのが見えたので、ドアをあけて入ろうとした。すると、うしろから女の人が割りこんできて、ATMを使いはじめた。年齢は、40代後半か50代くらいだろうか。わたしは迷ったけれど、その女の人に声をかけた。
「すみません、順番は守っていただけますか。並んでいたので」、と。その人は、「あら、でもどこに並んでいるのかわからなかったんだもの。しょうがないでしょ」と言った。わたしは、後ろに並んでいる人の列を指し、ああいうふうに線の上に並ぶんだ、とその人に説明した。女は、「は?だれでもそういうふうに並ぶの?わからなかったんだからしょうがないじゃない。ほら、隣なら空いてるわよ、そっちを使いなさいよ」と、すぐとなりにある銀行のATMを指差す。「わたしは郵便局のほうに並んでいたんです。わからないなら、一声かけてくれればいいじゃないですか」と、わたしは言う。すると、「あなた、うるさいわよ。しゃべらないでくれる?」などというので、「あなたが割りこんできたんでしょう?だいの大人が、常識もマナーもないんですか。ごめんね、とか、ないんですか?」とわたしは言った。自然と、声が荒くなった。女はわたしの言うことなんかまったく聞く気もないようで、いらいらした顔でこう答えた。「ほんっとにもう、あなたみたいなずうずうしい子、わたしは嫌いよ。わたしはね、年末で、忙しいの。だいたいあなた、いくつ?年をわきまえてものを言ってちょうだい」と。


わたしはもう、議論する意欲も失せて、閉口してしまった。その人は、まごまごと自分の用事(おそらく、仕事の関係だったのだろう)を済ませると、わたしを一瞥し足早に去っていった。「ごめんね」のひとことを、発することもなく。


彼女はきっと、自分が悪かったことに気づいているのだろう。だけど、わたしみたいな小娘に注意されたことが彼女のプライドに障ったのだろう。 たかがATMぐらいで、とがまんして、なにも言わずに済ませるのが合理的だったのかもしれないけれど。だけど。
忙しければ、割りこんでもいいの?
若いという理由だけで、間違ったことを指摘することを許されないの?


わたしは、腹立たしいのを超えて、悲しい気持ちになった。そんな気持ちになった理由は、割りこまれたことでも、怒られたことでも、彼女が謝りもしなかったことなんかでもない。そんな、モラルのかけらもない大人が存在するという、情けない事実を知ってしまったからだ。そのあと、心を落ちつけようと、スタバでトフィーナッツ・ラテを頼んだけれど、味なんてほとんど覚えてはいない。


この社会のなかで、何が正しくて、何が間違っているのだろう。
わからない、わからない。






2002/12/18  ひだりみみのピアス


その人は、わたしのことを「チビ」と呼んだ。わたしがまだちいさなころ、父はわたしのことをいつもそう呼んでいた。実際わたしはその名前の通り、ほかの子よりもちいさかった。その話をしたら、その人は、おれも、チビって呼んでもいい?と訊いた。名前で呼ぶのはなんだか照れくさくて。と、いたずら好きの小学生のようにその人は言った。わたしはその人のことが大好きだったけれど、その人との恋は1年もたたずに終わってしまった。もうむかしのことだけれど、わたしの誕生日に「おたんじょうびおめでとう、チビ」というメッセージの書かれたバースデーケーキを抱えて、わたしの住む部屋へ来てくれたその人のことを、ふと、思い出すことがある。恋人同士だったころ、その人はわたしのピアス―当時はまだ、右が1つ、左が2つだった―を見て、おれもあけようかな、と言い、ひだりの耳たぶにひとつだけピアスをあけた。銀色のファースト・ピアスが、茶色い髪の毛にかくれて光っていた。遠い九州にいるその人の耳に、今でも、そのピアス・ホールは、残っているんだろうか。


大人の人なんて信じられない、そう思った日。わたしももう、年齢的にはじゅうぶん大人なのにね。






2002/12/17  LARKの煙と黒いソファの影


1週間前につもった雪もいつのまにかほとんど解けて、真っ白だった街は本来の色を取りもどしていた。夜10時、グレープフルーツのにおいのするバスタブレットを、湯船のなかに入れる。しゅわしゅわと泡をたてて溶けていくそれを、両手で弄ぶ。湯気につつまれながら、いろんなことを考えた。わたしは今、自分がどうしたいのかさっぱりわからない。一歩を踏みだすことはとても勇気のいることだ。その暗闇の先に、何かよいことが待っている確証がないからよけいに。そして、わたしがいちばん恐れている、すべてを失ってしまうということも起こりかねない。そんなリスクをたくさん抱えたまま、歩き出すことなんてできるはずがない。わたしは、今の状態に甘んじている。もう、ずっと前から。自分でつけた重い重い足枷を、一体わたしはいつになったらはずすことができるのだろう。





2002/12/16  4オクターブ・小指で弾くシの音



月に1度、施設にとこやさんがくる。理髪慰問。2年も勤めていて、はじめて当番にあたった。理髪用のかっぽうぎを着て、とこやさんたちのお手伝いをする。しゃきしゃきという、はさみの音。窓から入りこんでくるのは、眩しいほどのつよいひかりと、透明な青空。屋根から、雪解け水のしずくが落ちていく。今日は、とてもあたたかい。


午後、入浴介助をしているとき、ふと浴槽のほうに目をやると、利用者が顔を水にうずめ、けいれんをおこしていた。てんかん発作だ。とっさに浴槽にかけこんで、その利用者の顔を水からあげた。それからすぐにほかの職員もかけつけて、3人がかりで利用者を浴槽から出した。水は、飲んでいないようだった。数分して彼女は意識を取り戻した。発作は珍しいことではないのでいつもは驚かないけれど、水のなかで、という状況に直面したのははじめてだったので、もし気づかなかったら、と思うとぞっとした。


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あのできごとがあってからもう、3週間近くたつのだけれど、いまだに、あの子の目をまともに見ることができない。あの子が、ふつうに接しようとしてくれているのが手にとるようにわかる。それなのにわたしときたら、そのすらりと長く伸びた手足や、グレイのパーカの後姿や、すこしだけくせのある茶色い髪が視界に入ってくるだけで、とても緊張してしまうのだ。好き、という感情とはちがう、だけどとても、もどかしく得体の知れない心の高鳴り。
直径5mmの口内炎が、他人を傷つけたわたしを罰するように、ずきずきと痛んでいる。