2002/07




2002/07/30



けたたましい蝉の鳴き声や、平日でも学生たちで混んでいる街や、車に乗った瞬間の熱気や、少し動いただけでも流れてくる汗はわたしを不快にさせるけれど、やっぱり夏は好きだ。


小学生のころ、毎日6時に起きてラジオ体操に行った。学校で配られるラジオ体操のカードを肩からななめがけにして。音楽が終わると同時に、皆と先を争ってスタンプを押してくれる町内の人の元へ走った。カードが赤いスタンプで埋まっていくのがすごく嬉しかった。


夜勤から帰ってきたら大学から封書が届いていた。開けてみたら卒論の論文集だった。在学中に「今年の夏ごろには送付できると思います」と先生が言っていたから「1年も遅れるってどゆことよ」と文句を言いながらも自分の論文に目を通すとあのころの思い出が鮮明に蘇ってきて、卒業して1年半も経つなんて信じられないと思った。年齢を重ねるにつれて、時の流れるのがどんどん早くなっていく気がして寂しい。もっとゆっくり生きたいのに。






2002/07/27


あまりにもひどすぎると思った。どうしてこんな馬鹿な大人たちが多いんだろう。でもわたしはそれに服従するしかないのだ。
どこの職場にもいやなひとはいると思うけれど、少なくとも上に立つ人は部下から信頼を得ている人でなければいけないと思うし、そのためには部下、とりわけ現場の声をとり入れながら運営していかなければならない。むしろ当然のことだと思う。だけどうちの職場の施設長はじめ管理職の方々はそんな理想とはかけ離れている。現場を知らない事務の人間がどうして勝手に現場のいろんなことを変えてしまうんだろう。過去に陶酔するのは好きじゃないけれど、楽しかった昨年度を思い出してはそれとは天と地の差である現状にため息をついている。
仕事自体は好き。だけど上の人間が替わらない限り、わたしは気持ちよく仕事することはできないだろうしその気持ちは利用者にも伝わってしまうと思う。だからといって下っぱのわたしが抗議したところで受け入れてもらえない。ここ数日間は来年どこかの役場でも受験して、受かったら即辞めてやろうなんて甘っちょろいことを考えていたりもした。実際そんなエネルギーはないんだけど。


もう飲まなきゃやってられない、と昨日は仕事仲間と飲んで、たくさんグチらせてもらった。ストレスが溜まった状態でお酒を飲むのは体によくないと何かのTV番組で言っていたけれど、発散しなければ破裂してしまいそうなほど憂鬱な気持ちが膨らんでいた。話を聞いてもらえてすっきりはしたけれど月曜日は必ずやってくる。せめて休みの日は仕事のことは忘れていたい。






2002/07/24

梅雨も明けて、いよいよ夏本番。夏といえば海!


というわけで、夜勤明けにもかかわらず、地元からいちばん近い浜に泳ぎに行ってきた。本来遠浅で泳ぎやすい海だけど今日はやたら波が高くて強くて、浮き輪につかまってぷかぷか気ままに浮いてようと思って行ったのに、思いっきり頭から波に飲まれてしまったり、挙句のはてには転覆したり。メイク落としでも落ちないファシオのマスカラが落ちてしまうほどで、たくさん悲鳴を上げたしたくさん笑った。一泳ぎしてから海の家に戻ってイームズのイスでビールを飲んだ。昼間のビールは回るのが早いなとか思いつつも500mlの缶をあっという間に空けて、ほろ酔い気分で潮風に当たった。しばらくして酔いを覚ましてから再び海へ。強すぎない太陽と、体温と同じくらいの空気がすごく気持ちよかった。


    


先週末、彼とのことですごくすごくつらいことがあって、正直もうどうにでもなれなんて思っていた。だけどこうやって、いろんないやなことを忘れて笑えるから、わたしはまだまだだいじょうぶなんだろうと思う。だけど、いちどひびの入ってしまったものは、いくら丹念に修復しようとしても必ずあとが残ってしまう、それが現実なのかもしれない。日焼けした肌がすこしひりひりする。






2002/07/21



サッカーは後半からしか観られなかったけれど、スタジアムに入る前に見た夕焼けがすごくきれいで、カメラを持っていなかったことをすごく後悔した。あたり一面がオレンジ色に染まって、まるで空がアルビを応援しているみたいだった。そういえばアルビのユニフォームは新潟の海の青と夕日のオレンジからきているらしい。センスは皆無だけれど。
サッカーを観てから友達の家でビールでアルビの勝利を祝う。おつまみは施設の畑で収穫したばかりの枝豆とトマトときゅうり。施設でとれる野菜は形はいびつだけど、無農薬なので味は格別、さらに安い!お皿に山盛りの枝豆はあっという間になくなったし、もろきゅうもトマト&モツァレラもおいしすぎ。この暑さで、昼間の給食に出た揚げ物は食べる気になれなかったけど野菜はいくらでも食べられる。ヴィヴァ大地の恵み!

ちなみに昨日は彼とつきあって3年目の記念日だった。お祝いしよう、って言われなかったから今日も飲みの予定を入れたらちょっとキレぎみだった。でも一応昼間は万代デートしてきます。






2002/07/18


矯正の金具がはずれて2日ほど経ったけれど、驚くほどきれいに並んだ歯が自分のものだなんていまだに信じられなくて、鏡を見るたびに少しだけ違和感を感じる。矯正を始めたばかりのとき、友人に「八重歯のないyukoなんてyukoじゃない!!」と言われたのを思い出す。それから、施設の隣の養護学校の先生に「(金具のついた)歯がトレードマークよね!」と言われたことも。けれども口の中でぎらぎらと輝いていた金具がなくなっただけで表情が柔らかくなったような気がする。自分で言うのもなんだけど。


はまっているのはペリエを始めとする炭酸入りのミネラルウォーター。炭酸なんだけど甘くない、あの微妙な味がなんともいえない。でも、今一番飲みたいのは生ビール。だって暑いんだもん。






2002/07/15


今年の初めに、好きになりかけた人がいた。そのときはその人のことばかり考えていたけれど、時間が経つうちにその思いはしぼんでしまって、今では何も感じていなかった。はずだった。


最近、その人に、彼女ができたことを聞いた。彼に選ばれたのはどんな女の子なんだろう。遠恋までしてつきあいたいと思わせるような子だから、きっとかわいくてステキな人なんだろう。恋人がいながらそんなことを考えて複雑な気分になっているわたしは、罪な人間だと思った。


もっとかわいくなりたい。





2002/07/12


トップページをリニュしました。ちょっと前にヤプースに登録したのですが画像にリンク張りなおすのがどうにも面倒で、素材屋さんからいただいてきたもので簡易リニュです。リンクも少し追加したし、アバウトとかもちょこちょこ変えてあります


台風6号で、岐阜やら群馬やら福島やら岩手やら、普段あまり台風の被害に遭わないような地域が大災害を受けていた。地震にしろ台風にしろ、自然災害は人間の手では防ぎきれないから恐い。やっぱり自然の力から比べると人間なんてちっぽけなものでしかないんだということを思い知らされる。


といいつつ、わたしは今回の台風のおかげでゆううつだったプール引率が中止になって、台風万歳といった感じだったり。いまどき屋外しかない市民プールにも感謝。利用者には悪いけど、プール行ったあとに夜勤ってきつい。プールのみならず、これから11月くらいまで行事目白押し。もっとゆっくりすごして、有休消化に努めたい、なんて考えてるわたしはダメ社会人でしょうか?






2002/07/08


祖母は階下から「もものかんづめ、食べる?」とわたしに訊ねた。わたしは顔も出さずに「いらない」とだけ答えた。それが、わたしが祖母と交わした最後の言葉だった。わたしは中学1年生だった。その夜、祖母は最後の力を振り絞って階段を叩き助けを求めた。母が心筋梗塞を起こした祖母を何度も呼び、119番に電話をしているのが聞こえたけれど、わたしは恐くて下に降りることができなかった。


それから1週間、7月8日の未明、意識が戻らないまま祖母は逝ってしまった。前日の夜に危篤状態になってわたしも病院へ行ったが、テスト中だったこともあり途中で家に帰った。朝、母が「おばあちゃん亡くなったよ。家に帰ってきたよ」と言った。祖母は「おばあちゃんもいつまで生きられるかわからないから」と口癖のように言っていたが、わたしは丈夫な祖母がこんなに早く、しかもこんなふうに突然死ぬとは思っていなかったし、それまで身近な人の死を経験したことがなかったから、祖母がもうこの世にはいないという事実を受け入れることができず、涙も出なかった。だけど内孫であるわたしのことをたくさんかわいがってくれたのに、何一つしてやれなかったことはものすごく後悔した。いつのまにか祖母が死んでから11年が経ち、12歳だったわたしは23歳になった。あと1年で、祖母と一緒にいた時間と亡くなってからの時間が同じになる。この11年間のわたしを、祖母はどんなふうに見つめていたんだろう。





2000/07/07



七夕ってどうして梅雨の季節にあるのだろう。思えば7月7日に星がたくさん見えたことなんてほとんどない気がする。年に1度の再会なのだから誰にも見られず二人きりで会いたいからなのかな、とガラにもなくロマンチックな想像をしてみた。


先週、父と大ゲンカした。原因は些細なことだ。父はプライドが高く、自分の否を絶対に認めないところがある。自分の都合のいいように言い訳をつけて人のせいにする。いつもは黙認してきたわたしも今回は耐えきれず「口ごたえ」をした。父はわたしを何度も殴った。5月に怪我をしたばかりなのに、またわたしの顔は赤く腫れ、口の中にも何箇所か内出血ができた。わたしは必要な荷物だけを持って家を飛びたし、3日ほど彼氏の家に泊めてもらってそこから仕事へ行った。2日目の夜、母から電話があった。「とりあえず帰ってきなさい。それでお父さんにひとこと謝りなよ。そうすれば丸く収まるんだから。」母はそう言った。だけどわたしは絶対に謝らないと答えた。今まではそうしてきたけれど、どうして悪くもないのに謝って父のご機嫌を取らなきゃいけない?そんなのおかしい。


泊めてもらったお礼にと、彼の家にビアード・パパのシュークリームを持っていった。今回の件で、やっぱり頼れるのは彼だなと感じることができたのはよかった。わたしはこれからもずっと、この人と一緒にいるんだろうなと思った。






2002/07/02


今年の初めくらいから急に、結婚するとかしたとかいう話題が多くなってきた。中学校の同級生には結婚して子供もいる人だっていっぱいいるけれど、最近は高校や大学の同級生にも結婚する人が出てきた。23歳。今年で24歳。結婚するには決して早すぎる年齢ではないけれど、私にはまだ考えられない。


彼の部活の友達が結婚したと聞いた。もちろん2人とも大学を出て就職したばかりで、彼女はたった2ヶ月で寿退社したらしい。2人がつきあい始める前、2度ほど遊んだことがあった。彼らはたった8,9ヶ月つきあって結婚した。


身近な人にそういう話題が増えてくると、今まで夢物語だった結婚の2文字が急に現実味を帯びてくる。今、わたしと彼のあいだに結婚するなんていう話は出てこないけれど、この人と結婚するのかなあとぼんやりと考えてみたりもした。だけどまだ大学院生の彼とパラサイト・シングルなわたしでは、いくら学生時代に半同棲していたからといってもやっぱり想像がつかなかった。勢いで結婚するとか順序が逆になるとかそういうのはごめんだ。でも結婚には思い切りが必要だと思う。


photoのページをリニューアルしました。まだ少ししかないですけど。





2002/07/01


夢の祭典が終わった。


わたしはというと、どう考えてもこれは「ワールドカップ症候群」だろっていう状態に陥っている。心にぽっかりと空いた穴を埋めるべく昨日は街へ出てみたけれど、セールが始まったのとボーナスが出たのとでものすごく混んでいていらいらしてしまった。スタバでコーヒーを買って、前から行きたかった日比野克彦展を観て帰った。それから今日は大学へ遊びに行った。待ち合わせのコンビニに来た彼はTシャツにジーンズで大学生って感じがした(大学院生だけど)。生協でスカパラのCDを買ってから学食で話した。2週間後の温泉旅行の計画を立てたり、サッカーの話で盛りあがったりした。ほんの1年ちょっと前まで通っていたところなのに、強い違和感を覚えてなんだか落ち着かなかった。授業がある彼とバイバイしてから、今日は映画の日だったので「マジェスティック」を観た。最近は、平日休みの方が好きだ。