2002/06/28 学校から家までの徒歩5分の距離を、まだ子供だったわたしは何十分もかけて歩いた。通学路は小さなわたしたちにとってワンダーランドだった。毎日たくさんの発見をして、その度に道草を食った。 今のわたしは、子供のころとは比べものにならないほど行動範囲は広く、それだけ多くのものを目にしているはずなのに、どうしてこんなに空虚なんだろう。遠足の前の日のようにわくわくして眠れない夜は消え、朝なんて永遠に来なくていいと思いながら眠りにつく。わたしはいつのまに、こんなにつまらない大人になってしまったんだろう。知らぬ間に汚い社会のシステムの末端に組み込まれ、その一部をなしている。だからといってわたしという部品がなくなったとしても歯車はきっと正常に動くんだろう。 大人になんかなりたくないとずっと思っていた。大人は汚い生き物だってことは子供のころから知っていたから。それだけが救いだった。きっとわたしはこれからどんどん染まっていくだろう。この喧騒のなかで、二度と帰ることのできないあのころの思いをひとつひとつ失いながら。 2002/06/23 日本代表が負けてから5日が経ったけれどあいかわらず大きな喪失感がわたしを支配していて、いまだにトルコ戦の映像を観ると涙が出てきてしまったり思わず目を背けてしまったり。他の人に言わせれば「そんな大げさな…」って感じかもしれないけれど、わたしにとって日本代表はそれくらい大きな存在だったんです。だけどまあいつまでも引きずってるわけにもいかないので次の代表の始動を今から心待ちにしながら最近は昔の雑誌を読んだりイナのDVD(!)を観たり。 「まずガンバで頑張って結果を残してから、ワールドユース、オリンピック、ワールドカップ…と、出場できれば最高ですね。“日本には稲本っていう、いい選手がいるらしいよ!”って噂されるぐらい、頑張ります」 5年前の雑誌のインタビューでの稲本(当時17歳)のコメントなんですが、この言葉を見事に現実(むしろそれ以上)のものとしてしまっているイナは本当にすごいと思います。 5年前わたしは大学1年生だったけれど、何か目標を持っていたかと言われると何も思いつかない。今が楽しければそれでいい、そんなありきたりの毎日の流れに身を任せながら、わたしは大切なものをどこかに忘れてきてしまったのかもしれない。 2002/06/17 矯正をはじめたのは成人式が終わってすぐのことで、20歳の7月から金具をつけているのだけど、今日通院したときに、先生から来月はずせるよと言われた。これからはもっと簡素な金具になるから全く何もなくなるわけではないけれど、自分としてはもっとかかるのかなと思っていたからすごく嬉しい。もとの歯並びがものすごく悪かったから時間はかかったし、就職してからは通うのも大変だったけれど、口を閉じて笑っても歯が引っかからなくなったことやあごが細くなったことを思えばつらかったことなんてわたしの中から泡となって消えてしまう。人間とは都合よくできているものだ。 金具を入れたのは大学3年の夏休みの最初の日だった。つけた直後は異物感があったし締め付けられることで歯が痛くて痛くて泣きそうだった。だけどわたしがバイトを休まなかったのは、彼とバイトが一緒の日だったからだ。金具を見られるのが恥ずかしいのと、口の中が金具に当たってうまく話せないのとでわたしは終始口に手を当てて喋っていたのを覚えている。 それから1週間ほど経って、わたしたちはつきあいはじめた。もうすぐ、4回目の夏がやってくる。 2002/06/15 日本代表が悲願の決勝トーナメント進出を決め、サッカーはこれまでにない盛り上がりを見せているけれど、わたしは少しだけ悔しい気持ちになったりもしている。この気持ちはたとえば、ブレイクしたアーティストを「売れる前から好きだった」と言ったりするのに似ている。国民が一体となってひとつのことに一喜一憂できることはなかなかないからこのサッカー人気は嬉しいけれど、オフサイドも知らないような人がサッカーのことを語っていたりするとやっぱり腹が立ってしまう。かくいうわたしもサッカー通といえるほど詳しいわけでもないのに。わたしってほんと性格悪いなあ。 先日も、施設に来ている大嫌いなボランティアさんが、―その人は教師を退職された方で現役時代はバスケ部の顧問だったとのことなんだけど―「サッカーは野球やバスケと違って点が入らないのがつまらない」「柳沢はFWなのに点を決めていない」なんて言っていたので心のなかでぶっとばしてやりました。ゴールするだけがサッカーじゃない。ロシア戦の得点は柳沢なしでは語れないじゃないの。 なんか今日の日記でこのサイトに来てくれる人が減りそうだ。自爆。 2002/06/11 こんな豊すぎる時代に、そして恵まれた国に生まれ、欲しいと思った「もの」はほとんど手に入れることができた。好きなものに囲まれた生活は、この上なく幸せであるはずだった。 だけど、どうしてだろう。たくさんの「もの」に埋もれていながら虚しいと感じてしまうのは。満たされているはずの心は、透明だけど汚いがらくたでいっぱいで、結局はからっぽのままなのかもしれない。ほんとうに必要なものは、一体なんだっていうんだろう。 2002/06/06 中学では学年でいつも上位で、進学校に入学して、大学は地元の国立に入って、公務員になって実家に戻ってきた。ひとり娘の王道ともいえるレールを敷いたのは親ではなく、まぎれもなくこのわたしだった。わたしは自ら選んであまりにも無難すぎるこの道を選んできた。 就職に悩んでいた大学4年のころ、父に「ごめんな。ほんとはおまえも東京で働きたいと思っているかもしれないのに、お父さんたちが年いってるからきっと気を使ってくれているんだろうって。すごく申し訳ないと思っているんだ。」と言われた。わたしは無意識のうちに「そんなことないよ。わたしは新潟を離れたくないんだもん」と答えていた。そう、わたしは両親を残してどこか遠くへ行くなんて考えられなかった。わたしの家族は両親しかいないのだから。 自分で選んだ道。自分で選んだ人生。だけど周りを見渡して、ものすごく大きな、後悔という感情に苛まれることもあるんだ。 2002/06/01 |