2003/11-b




2003/11/29 手を伸ばして、空を仰ぐ


いちど生まれてしまった腫瘍はもう、消えることはない。
切りとろうとすればするほど、卑しくも肥大化してゆく。


わたしたちは、とうに終わっているのだろう。
ぞんざいに扱ってもこわれるものではないと、心のどこかで甘えている。
きっと、おたがいに。


わかりすぎているからこそ、
こう言ったらきっとこのひとは血相をかえて怒るんだろう、とも思う。
だからわたしは苛立ちを必死でおさえ、その結果無口になってしまう。


わたしだって、だれかにたいせつにされたい。
硝子細工のような危うさをそっともちあげるように。





2003/11/28  1年―あの日の未来がフラッシュバック


1年まえの今日がとても寒かったことは、はっきりと覚えている。
だけど確信が持てるのはそのことだけで、
あとは、今思えば、夢をみているようだった。
ほんとうに、夢をみていたのかもしれない。


あの日わたしは、わたしの一部分をおいてきてしまった。


それからずっと、残像に縋りついて生きている。
不完全なからだのままで。


あのひわたしはたしかに、きみをいとしいとおもってた
とびらのあいたとりかごのなかでちいさくないた
ほんの、すこし














1年まえの昨日も、髪を切った
その1年と1日後の今日も、わたしは髪を切った
だけど1年まえの昨日のように、あの子に報告することもない
見たいでしょう?なんて、はんぶん本気の冗談を言うことも




もしもきみがわたしをつれさってくれていたら
もしもきみがもういちど、わたしをすきだといってくれたなら



そんなこと、あるはずがないから









たくさんのちいさな一瞬
あの子のことば ひとつ ひとつ


忘れてしまいそう 忘れたくない 忘れなきゃ


もう、かえらない





2003/11/25  一歩、一歩


ひとつのことばかり考えてしまう。
きっとほかに考えなきゃいけないことはたくさんあるはずなのに。
あのときから変わっていることといえば、
ひとつ年をとったことと、髪が鎖骨のしたまで伸びたことくらいだ。
過去にとらわれることなんてだいきらいだったはずなのに、
忘れようとするどころか、やっきになってとどめようとしている。


「号泣する準備はできていた」をついに購入した。
外ではごうごうと、風が鳴いている。






2003/11/24  ハッピーバースデイ


母の誕生日。
父が旅行でいないのをいいことに、ふたりでワインで乾杯した。
ささやかな、バースデイパーティ。


*
アジアンカンフージェネレーションが、もっぱらのお気に入りだ。
とっても、かっこいい。
1月のライヴにはぜひ行きたいと思っている。






2003/11/23  おれたちのほこり、ニイガタ


3年前に観にいったアルビの試合は、観客もまばらでサポーターもゴール裏にこぢんまりといるだけだった。
こんなに大きなスタジアムがこんなに多くのサポーターであふれ、皆でJ1の昇格を祝うことになるなんて思いもしなかった。
それから、自分までもがアルビを応援するようになることも、まったくもって予想外だった。
最高の瞬間をビッグスワンで迎えることができたこと、とてもうれしく思う。


試合が終わったころ、佐渡の友人が、今日新潟に来ているからひまなら遊ぼう、とメールをくれたので、飲みにいくことにした。
その人に会うのは、実に2年ぶり。
わたしは少々飲みすぎた。
気分が、とても高揚していたから。
初対面だったその人の友達も、きっとびっくりしたことだろう。





2003/11/22  消せない、


恋人とバスケのアルビレックスの試合を観にゆく。
恋人の友人に招待券を譲ってもらったので。
(恋人は大学時代、バスケ部に所属していたのだ)
バスケのことはほとんど知らないので、
恋人が解説してくれるのを聞きながら観戦した。
だけどそれよりも、独特の応援がおかしくて、終始笑いが止まらなかった。
ちなみに試合は、たった1ゴール差で負けてしまったのだ。
バスケはサッカーとちがい、あまり強くないらしい。


恋人は、とてもまじめでやさしいひとだ。
だけど、だけどね。






2003/11/21  やがて、いっぽんせんになる


こめかみをぎゅうっと押されたような、鈍い痛みに支配されている。もう、何日もまえから。
足もとを意識してしっかりと立っていないと、すぐによろけてしまいそうだった。
生ぬるい雨の日。


やりたいことも、ほしいものもそれなりにあるのだけれど、
手に入れたところで大した満足感もない。
なにをしても、「それなり」だ。
感情の起伏がどんどんなくなってゆく。
おなかを抱えて大笑いすることも、
哀しみにくれて涙をながすことも。






2003/11/19 遺書


わたしはもう、いつ死んでも思い残すことはない。
生きているのがつらい、などという絶望的な考えを持っているわけではないし、自殺願望なんて無論ない。
わたしはただ、この先どうしてもやっておきたいこととか、この人をおいて死ねないとか、そういう生きてゆくことに対する強い思いを持っていないだけだ。
きっとこれからも、わたしは今の延長線上にある未来を生きてゆく。
その線は直線かもしれないし、曲線かもしれない。
どこで切れるのかもわからない。
だけど今の延長線であることは確かだ。
そこにあるものを、わたしは見ても見なくてもいい。
その程度なのだ。


たとえば毎日のニュースでアナウンサーの口から単調に語られる事故や事件のように、わたしがいなくなるということもきっと、すぐに風化するだろう。
そして、それまでとはなんら変わらず世界は回り続けるだろうし、それ以前にわたしは変わることを望んでいるわけでもない。


同じような明日がまた、やってくる。






2003/11/18  puzzle


あの子の風邪はまだ完治していなくて、声がかすれている。
かすれた声も格好いい、と思いつつもその声で話している内容があまりにも可笑しいので、わたしは笑いすぎてしまってちゃんと話せないほどだった。


あの子がオデッセイを手放すことを決めた。
友達のロゴと交換するのだそうだ。
だいぶ走ったし燃費も悪いから、というのが理由らしいけれど、黒いオデッセイはあの子にとてもよく似合っていたので、わたしは勝手に、喪失感でいっぱいになった。
(ロゴに乗っているあの子を想像したら、すこし笑えたけれど)
こうして、すべてがすこしずつ変わってゆく。それと同時にピースがひとつずつ欠け、記憶に穴ぼこが増えてゆく。
そしていつしかゼロになって、あの子の存在が消えてしまう日がくるのだろうか。






2003/11/17  檻の外


職場以外のところへ行くのは、ものすごくひさしぶりのような気がした。
街はどこもかしこもクリスマスのかざりが施されている。
スタバへ寄ってジンジャーブレッド・ラテを飲んだ。
もう、こんな季節なのだ。
最近、自分の気持ちが現実の時の流れについていけていないような気がする。


シュウウエムラで、口紅を買った。
ストロベリースフレという名前の色で、ピンクベージュに細かいゴールドのパールがちらちらと輝いている。
それから、3週間ぶりくらいにツモリを見た。
ひじあてニットのベージュが予想以上のかわいさで、あやうく買ってしまいそうだったけれど、田中さんの「春夏はツモリはこうでなくちゃ、って感じでもんのすごくかわいくてやばいよ!」との言葉で、ふたたび決意をかたくした。


明日からまた仕事。
11月は、思った以上に長い。






2003/11/16  でもね、


職場の慰労会が終わってから新潟までまた飲みにいくことに対しては、正直言って気が進まなかった。
でも今日しかないから、と言われてわたしはOKしていた。
今日は中止、という連絡がきたのは7時近くで、職場の飲みもはじまってしまったあとだったのでもっと早く言ってよ、と思ったが言わなかった。
言ってしまったら、わたしはとても意地悪な子みたいだから。
ううん、そう思ってしまっただけでわたしは融通のきかないいやな子なのかもしれない。


飲み会は楽しかった。
新潟での飲み会がなくなって、正直すこしほっとしていたのだ。
職場の人たちとの飲み会は、ほかのどの飲み会よりも楽しい、とわたしは思う。