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2003/10/13  ぐらぐらとひかりと闇のあいだ


連休の最終日は、つよい雨が降っていた。
昨晩は本を読んでもお酒を飲んでもまったく寝つけずに、結局1時間しか眠れなかったせいで―しかもその1時間のあいだにみた夢が、とても怖かった―時折、意識がどこか遠くへトリップする。
日本海東北道という高速道路が今、割引実験中なので高速で小新まで行ってみる。
(小新へは30分ほどで着いたが、安くても乗る必要はないと感じた)
くーこと会うのは実に半年ぶり。
だけど、ワーナーのキャラクターショップに立つ後ろすがたを見つけ、すぐにくーこだとわかったし、ひさしぶりな感じはまったくしなかった。
オムライスの昼食を食べてから、「座頭市」を観た。
そのあとサティを出て、近くのカフェでしばらくおしゃべりをした。
ともだちとこうしているのは、とても楽しい。
楽しければ楽しいほど、明日がいやになる。
明日はいや。あさっても、しあさっても、そのつぎも。
今週もはやく終わってしまえばいい。






2003/10/12  回復の日々


新潟市に車で行くときは、たいていの場合待ち合わせに遅れてしまう。
車に乗るようになるまでは、遅刻なんてしない子だったのに。
今日だって、しずくのカットソーに何をあわせるか―zuccaのグレーのスリムパンツにするか、ツモリのラメジーンズにするか、そして靴はブーツにするか、パンプスにするか―でぎりぎりまで迷っていたせいで、ヴィツ子をパーキングに入れる時点で、約束の1時をまわっていた。
それでも「ゆっくり車いれてきていいからね」と、女神のようなやさしいメールをくれたayuちゃんと、いつもの場所でおちあう。


買い物はたのしい。
古町にはお手ごろな値段でかわいいものたちがたくさんあって、ふたりして「かわいい!」「しかも安い!」ときゃあきゃあ言いながらみてまわる。
スライドカフェのケーキも、最高においしかった。
万代では、伊勢丹の北海道展に行って、ラーメンを試食したりスイートポテトを買ったりした。
あっというまの5時間半。


わたしはこうやって、回復する。
それは一時的なものであることは確かで、また暗闇の底に戻される日が来る。
永遠に癒されることはきっと、ありえないのだと思う。
生きてゆくことは、そういうことだ。




*
私信:ayuちゃん、いつも気を遣わせてごめんね。
    今日はすごく楽しかった。
    また近いうちに、かならず、ね。





2003/10/11  西陽に目がくらむ


叔母にチケットをもらったので、今日はおのっちとアルビを応援しに行った。
後半35分をすぎると、どんどんと人が帰りはじめたので、
(最後まで見ると道路がものすごく混むのだ)
くやしいからもう1点決まらないかな、と思ってたらほんとに決まった。
今日はサッカーデー。


仕事やめたい。
じゃなくて、この職場やめたい。
協力し合うけど干渉はしない、そんな職場ってありえないのかな。
おばさまの井戸端会議みたいなのってたえられない。
どうしてみんな、うわさが好きなんだろう。
(でも仲良しの人たちはみんな好きなんです。体育部反省会たのしみ。)





2003/10/10  LOVE ∞


ひさしぶりにあの子といっしょのお仕事。
紺色に赤の線のアディダスジャージ―着ているのをはじめて見たので、きっと新しく買ったのだろう―が、とてもよく似合っていた。
なんて思ったことは、絶対に言わない。


ツモリの五月雨フェアが今日からなので、仕事のあと伊勢丹へ行った。
無地のニットも、水玉ニットも、ベロアパンツも、しずくのレザーバッグも、ぜんぶ買い占めてしまいたかったけれどそんなことはできるはずもなく、白地しずくのカットソーを購入した。
限定の紙袋もノベルティのポーチもしずく柄で、超かわいい。
でも、もうお金ありません。


夜は叔母と回転寿司に行った。
回転寿司はひさしぶり。
叔母に勧められるがまま、断りきれずに食べてしまったのでおなかがぱんぱん。


飽食はいつの日もよくない。




あたたかい言葉をくれたみんなに、無限大のありがとうを。






2003/10/08  もろもろのおもいを、ここに


昼間に書いた日記は消去しました
愚痴ってる自分は嫌い
きっともっときつい思いして働いている人だっていっぱいいるだろうし
でも気分は一向に晴れなくて
夕方までいつものようにブランケットにくるまって眠っていたのだけど
目覚めるころにはものすごく寒くなっていて、しかも職場の夢ばかり見てしまった
親に「かぜひくよ?」と言われて
「むしろひいたほうがいいよ、有休あまってるし」なんて答えた
たとえば突然わたしが今の職場を去ったとしたら
あのひとたちは自分のせいだと思うだろうか、すこしでも
ちょっとまえにはやったリスカとかする人の心理と似ているような気がする
わたしは痛いのは嫌いだから自分の手首にナイフをあてるようなことはできないけれども
やっぱり自虐的な心境になってしまったことは過去に何度かあって
痛くない方法―たとえば風邪薬を大量に飲んだり、なにも口にしなかったり―を取ったりしていたのだけど
そういう行動はきっと、誰かに自分を心配してほしかったり、理解してもらいたかったり、味方になってほしかったり
そういう心理の表われなのではないかと思う
話が逸れたけれども
わたしはTRASH*に来てくれるみなさんがご存知のように
決して強い人間ではなく、むしろ弱音ばかり吐いている甘っちょろいやつで
だけどやっぱり、だいじょうぶだよ、と誰かに言ってほしくて
矛盾しているかもしれないけれどこうして自分の気持ちを不特定多数の人たちが読むであろうこの日記にしたためる
それが、本音
いつも強がってばかりいるから
泣きたいのに、笑ってごまかしてしまったりするから
ここでは弱いわたしでいさせてください
弱音ばかり吐いて、文句ばかり言って、馬鹿で、阿呆で、愚鈍で、それでいて無力なわたしを、どうか責めないでください
せめて、ここでだけは





2003/10/06  やくそく


きのうのはなし


先週華子ちゃんにあったときからきめていた、作戦実行の日。
鬼楽という居酒屋で日本酒を飲みながらわたしは恋人にある質問をした。


まだ迷いはあるけれど、わたしはきっとこの人と生きてゆくんだろう。
恋とはちがう要素で、わたしたちはつながっている。
そんな肯定のしかたは、ものすごくずるいのかもしれない。
だけどきっとわたしは、この街でこの人と生きてゆくんだろう。





2003/10/02  ラスト ヘヴン


ミッシェルのライヴは最高だった。
何度も倒されそうになったり、ダイヴしたひとの足が顔面直撃したり、zuccaのTシャツに穴があいたり。
そんなことも、気にならないほどかっこよくて素敵だった。
わたしは決して熱烈なミッシェル好きではないけれど、ドロップとリボルバージャンキーズはすき。
世界の終わりは泣きそうになった。
くもった熱い空気のなかに響く音を、もう聴くことはできない。
ラストヘヴン。
ジャパニーズ・ロックがどんどんきえてゆくのはさみしすぎる。
ミッシェル、またちゃんと聴こう。ヴィツ子のなかでがんがんにかけよう。
びしょぬれになったからだのために、ライヴのあとはゆったり苑に行き、夢舎に飲みに行った。
BAPYのスウェットにX-girlのナイロンパンツにすっぴん、という家にいるみたいな格好で。
次の日が夜勤だったのでお風呂に入ったらすぐに帰るつもりでいたからそんな格好になってしまったのだけど、
ライヴのすばらしさと、みんなの「飲もうぜ!」の言葉と、お風呂の気持ちよさに負け、結局飲むことにしたのだ。
明日のこととか考えずにその瞬間を楽しむっていうのも、悪くないなんて思う。






2003/10/01  はじまりの日


あの子とわたしは、学年こそひとつ違うけれど、おなじ中学―各学年8クラスの、市内ではいちばん大きな中学だった―に通っていた。
それから、あの子が通っていた専門学校は、わたしが通っていた大学のそばにある。
現にわたしは1年半、その専門学校のまえを通ってバイトに行っていたのだ。
今思えば、なんて奇妙なことなんだろう。
きっとどこかで、もしかしたら何度もすれちがっていたのかもしれない。
わずかに傾きのちがう線が、今になって偶然、交わってしまった。


はじめて会った日のことは、まだ覚えている。
歓迎会の日、スーツを着たあの子がわたしのところへビールを注ぎにきた。
たしかわたしは、ザッキーシャリフの花柄のカットソーに、マルジェラのシフォンスカートを履いていたと思う。
きわめて社交辞令的な、かんたんなあいさつだけを交わした。


明日のスポーツ交歓会の準備をしたあと、今度は来週の健康ウォークの準備に取りかかる。
総合指導室にある用具庫はとても狭くて、わたしは棚によじ登っていちばんうえにあった荷物を取り、したで長い手を伸ばすあの子にわたす。
「やるねぇ」と、いつものからかうような口調であの子は笑う。
あの子をうえから見下ろすなんて、はじめてかもしれないとふと思う。


だからってもう、なにも起こらない。
あの子の存在は、きっとこれ以上のものにはならない。
これ以上のものに、してはいけないのだ。
自分のために、あの子のために、そしてほかの誰かのためにも。